図書館を知る
多くの方に興味を持っていただけるように、図書館を紹介します。
オンライントークイベント 「本にかかわる人の本にかかわるはなし」 vol.3 / 松原亨さん(前編)
夢の図書館〜世界一の図書館に選ばれた「オーディ」とは?
2021年11月26日(金曜)19:30-
岩手県花巻市の「新花巻図書館計画室」では、本にまつわる方々を招き、本のある空間や暮らしについて皆さんと一緒に考えていくため、全3回にわたってお送りするオンライントークイベントを開催しました。 令和3年11月26日に、株式会社マガジンハウス コロカル編集長の松原 亨さんをお招きし開催したイベントの様子を2回にわたって公開します。
〈松原 亨さんのご経歴〉
1992年から男性ファッション誌『ポパイ』の編集に携わり、ファッション、音楽、インテリアなどを担当。2000年より月間『カーサ ブルータス』 創刊に参加。「安藤忠雄とルイス・バラガンを巡る旅」「アップルは何をデザインしたのか」など、幅広いテーマの特集を編集者として担当。カーサ ブルータス編集長、ポパイ編集長を歴任後、2020年Webマガジン『コロカル』編集長に就任。日本のローカルカルチャーに関わるメディアの制作・運用を行う。
高橋信一郎さん(以下、高橋):11日はマガジンハウスの及川卓也さん、18日はBACHの幅允孝さんをお迎えして、本との関係づくりや本を読む場所の居心地の良さなどをお話しいただきました。今回は「世界一の図書館」をご紹介いただきたいと思います。本日のゲスト、株式会社マガジンハウス、コロカル編集長の松原亨さんです。
松原亨さん(以下、松原):こんばんは。今日はよろしくお願いします。僕自身も図書館というもの自体に非常に興味があります。今日お話しするヘルシンキの図書館は、2019年に世界一の図書館に選ばれたという報道を聞いて、非常に興味を持っていました。調べれば調べるほど面白くて、ぜひ皆さんとその情報を共有したいと思っています。
高橋:ありがとうございます。今回のタイトルは「世界一の図書館に選ばれた『オーディ』とは」ということで、未来に求められる図書館についてお話しいただけるかと思います。早速、松原さんにお話しいただきたいと思います。よろしくお願いします。
松原:はい。では資料を共有したいと思います。
既存の枠組みを大きく超えた世界一の図書館
松原:今日のタイトルは「夢の図書館」。メインテーマはヘルシンキ中央図書館「Oodi(オーディ)」です。ニュースとかで聞いたことある人もいるかと思います。見た目的にも非常に面白く、美しい建築です。
2018年12月にオープンし、翌年2019年に国際図書館連盟(IFLA)主催の「2019年公共図書館アワード」においてBest Library in the world 2019に選ばれました。この図書館はフィンランドのヘルシンキの中心部、国会議事堂の前にあるそうです。フィンランド独立100周年を祝う国家プロジェクトとしてつくられました。予算が9800万ユーロ、日本円で約127億円と、フィンランドが国を挙げて作った図書館なんです。
今お話を聞いていただいている方は、いろんな職業に就かれていると思いますが、どんなお仕事をされている方でも、世界一の図書館ってどんなものなのかというのは知っておいて損はないというか、意味があるのではないかと思い、今日のテーマにしました。
「世界一を知ること」はどの分野でも大事だと思っています。私は編集者をやっていて、いろんなテーマの記事を作ります。例えば車でも、世界一の車ってどんな車だろう、世界一に選ばれた映画はどんな映画だろうと、特集ごとに考えるんですね。世界一を知ると何がいいかと言うと、「それ以上はない」って思えるんです。最高のものを知ると、「なるほど、これが最高なのか」と。すると自分の立ち位置も見えてくる。なので、世界一に選ばれた図書館をここに集まっている皆さんで見てみましょう、というのが今回の趣旨です。
この図書館は、フィンランドでは「国家からの贈り物」と言われています。フィンランド語で「オーディ」は、古代ギリシャ劇で神の栄光や人間の功績を称えるために歌われる唱歌という意味だそうです。表現と言論の自由や、教育機会の均等を約束する民主主義国家の独立100周年を祝うために、唱歌として文化と芸術を愛する国民を称える意図が名前に込められています。
建物の洗練されたデザインも非常に魅力的なんですが、それ以上に、従来の図書館の枠組みを大きく超えた機能性が話題となっています。
さあ、ちょっとここで一度オーディというのがどんなものなのか、公式の動画があるので、見ていただきたいと思います。
松原:はい。本がほとんど出てこないですし、「これは本当に図書館なのか?」という印象を受けます。高橋さん、動画を見てどう思われますか?
高橋:本が出てこないなっていうのが第一の感想です。それからいろんなことができる場所、何でもできる場所、という印象ですね。
松原:そうですね。この動画を踏まえて話を進めていきたいと思います。
本のみならず多機能が集約された施設
この建物、3階建てです。ビデオにも出てきましたが、音楽スタジオがあったり、工作機械があったりと、いろんな空間と設備があります。この3フロアをざっと解説したいと思います。
まず1階。エントランスがあって、イベントスペースがあります。イベントスペースでは、市民の人が歌やダンスを発表できるステージがあります。そして映画館もあります。その時点でちょっと「図書館なの?」って思いますよね。それから、フィンランド語で「マイヤンサリ」という多機能型のステージがある。市民の誰もが音楽や踊りといった芸術作品を発表できます。サービスコーナーではヘルシンキに関するあらゆる情報が引き出せます。レストランも入っています。
そして2階。ここがこの図書館の一番の特徴と言われています。ワークショップができるスペースがあったり、学習ができたり、音楽スタジオがあったり。市民が学んだり作りたいものを作ったりすることができる公共の図書館なんです。
詳しく見てみるとメーカースペース「アーバン・ワークショップ」、ここには透明なガラスで仕切られた部屋にレーザーカッターや工作機械、プログラミング可能な刺繍ミシン、3Dプリンター、ハイエンドの映像編集用マルチモニター、コンピューター、ワークステーションがあります。ここで市民が自由に映像を作ったり、クラフトワークをしたりできます。
音楽スタジオもあります。このスタジオでは市民音楽家が歌や演奏を練習したり、作品を録音したり編集したりできます。このスタジオで収録した曲でデビューした音楽家が既にいるそうですよ。
それから、「クーティオ」というスペースがあります。100平方メートルくらいの空間に巨大なスクリーンがあって、そこにはタブレットや大型モニター、ヴァーチャルリアリティ装置など、最先端の情報端末やメディア関連の機器が設置されています。ヘルシンキにあるアアルト大学とも接続していて、公開講座なども検討されています。マルチメディアステーションと言えるような空間です。
そのほかに学習スペースやミーティングルーム、ビデオゲームができるスペース、さらにキッチンがある。まぁ、本が全然ないですね。
巨大なプリンターもあって、ポスターをプリントすることもできる。3Dプリンターやレーザーカッターのある部屋、ミシンが並んでいる部屋などがあって、ものづくりができる。2階は市民が自由に使える創作活動スペースが広がっています。
そして3階。やっと本が出てきます。ブックヘブン、つまり「本の天国」と呼ばれている場所で、最上階にあります。真っ白で柔らかな雲のように波打つ天井と、雲の中に鎮座しているかのような重力を感じさせない書架。人と本が最も幸せになれる空間を目指して作られました。
そしてバルコニーがあります。すごく素敵な場所で、ここからは国会議事堂とミュージックホールが見えます。市民が民主主義と文化の中心に位置し、それらとしっかりつながっていることを想起させてくれる景色です。
ほかにも子どもと家族がワークショップをしたりできるスペース、イベントスペースやお話ルームがあります。
これが、ブックヘブンと呼ばれるスペースです。まさに雲のような天井と広々とした空間で本が読める。窓際にはカフェがあって、お茶が飲めたりします。フィンランドの図書館は基本的に飲食できるんです。日本では「本を汚してしまう」という懸念があるため閲覧室で飲食するなんてできないですが、フィンランドではそれが常識だそうです。おしゃべりも、邪魔にならない程度だったらできる。仕事をしに来る人たちもたくさんいて、コンセントがたくさんありWi-Fiも完備しているので、仕事をしながらお茶を飲んだり、サンドウィッチなどの軽食をつまんだりしながらここにいることができます。
3フロア見てきて、3階以外は本に直接関係ないものがたくさん出てきました。これが最新の図書館の考え方なのかなと思います。
世界一の図書館が誕生した4つの背景
オーディの注目すべき点を私なりにまとめました。
一つ目は図書館について。昔は本、または紙に印刷したものが情報の中心だったと思うんですが、今の時代はそれ以外のメディアがたくさんある。電子書籍、ゲーム、インターネットなどあらゆるメディアから情報を取り入れられるのが当然になってきている。ここではさまざまなメディアの情報にアクセスすることができるようになっています。
そして二つ目、これも私のこれまでの図書館の常識からすると驚きなんですが、情報を受け取ったり学習したりするだけじゃなく、市民が創造と発表をする場を提供している。市民がクリエイティブになれる場所を提供するというのは、現代の新しい考え方だなと思いました。
そして三つ目。居心地の良いサードプレイスとしての空間デザイン。これはさすがデザインの国フィンランドだなと思います。本を読むための最高の環境がデザインされているだけでなく、コンセントの数やWi-Fi環境などの機能性を備え、心地よく過ごすための空間デザインが丁寧に施されている。
この3つが世界一に選ばれた図書館の特徴だと思います。
さて、それらを前提に、もうちょっとゆっくり図書館を見る動画を見てみましょう。
中にあまり柱がない大空間を作っています。2階から3階に繋がる螺旋階段を上るとブックヘブンがあります。映像を見ていて、本当に気持ち良さそうだなぁと思いますね。とにかく建築がすごい。気持ちいいですよね。
高橋:気持ちいいですね。とても良い空間ですよね。
松原:そうですよね。ここで、オーディの建設の背景を4つまとめました。
一つ目は、市民や観光客などからのニーズの増加。そもそも世界的に見てフィンランドの図書館利用率は非常に高いそうです。アメリカと日本が同じくらいで、フィンランドはその2倍ほど図書館を利用しているそうです。ヘルシンキ中心部には図書館が三つありますが既にキャパオーバーしている。それで新しい図書館が必要だという話になっていました。
最近ヘルシンキ中央駅のすぐ横の郵便局の2階に作られた「ライブラリー・テン」という新しい施設があって、中心地の便利な場所にちょっと面白いコンセプトの図書館を作ってみようということで作ってみたそうで。そこに3Dプリンターがあったり、コンピュータープログラミングができたり、ミシンがあったり……というように、ものづくりができる図書館を作ったところ、すごく人気が出て、一日2000〜2500人が利用している状況だったそうです。キャパを超えていたので新しい図書館のニーズがありました。
二つ目。ヨーロッパの都市はよくある話ですが、中央駅周辺の場所は危険な場所と思われがちです。いろんな人が行き交い暗くて危険だと言われる位置に敷地があった。そこを安全で安心な場所にしたいと、このような文化施設を作ったのです。
三つ目。国家の役割として、市民が自ら文化を創造し発信できるようにしなきゃいかんという状況がありました。2016年に改正された新しい図書館法によって、図書館は文化を醸成していく社会的役割があると定められたんですね。多様化する市民がそれぞれの関心によって文化的な行動を行うために、知的かつ芸術的な新しい公共空間が求められていました。
そして四つ目。フィンランドの国家的方針です。2016年の調査で、フィンランドは世界で一番識字率の高い国になりました。つまり子どもの学力が世界一になった。この時のことを僕も覚えていますが、「フィンランドがすごい」と世界的に注目されたんですね。
調べてみると2017年フィンランドは図書館のサービスに関して国民一人あたりに57ユーロ(7400円)を支出していて、つまり図書館という設備を提供するのにお金をかけている。これに対しアメリカは39.3ドル(4400円)。それだけ力を入れているということですよね。
国民の教育、あるいは情報に国民が平等にアクセスできる環境づくりに非常に力を入れている。それがフィンランドという国のコンセプトとなっています。そして2018年に独立100周年を迎えるタイミングで、オーディが生まれたのです。
民主的なプロセスを尊重する「夢の図書館プロジェクト」
ここまできたらオーディマニアになってやる!と思っていろいろ調べていたのですが、開館までの年表がありました。
1998年に文化大臣が「新しい図書館を作りましょう」という意見を表明しました。できたのが2018年ですから、構想からおよそ20年かかっています。2011年には作りましょうと決定して、その時に建築のコンペをやりますと募集をかけます。と同時に、「夢の図書館プロジェクト」を実施します。これは後で説明したいと思います。
そして2013年、「ALA Architects」という建築会社が出した案に決定しました。それが今のオーディの建物です。544件の応募があったそうです。それから設計・建設が行われて、2018年に建物が完成します。独立記念100周年ですからここで完成しないといけないんですけど、実は間に合わなかったらしいです。外壁と映画館だけ間に合わず2019年に全てが完成したそうです。その時に「Best Library in the world 2019」を受賞しました。
そして、先ほど言った夢の図書館プロジェクトについてですが、先ほどの動画の中にもあった2階と3階をつなぐ螺旋階段。ここにいっぱいフィンランド語で言葉が書いてあります。これは、そのプロジェクトで集められた言葉です。
建築のコンペがスタートしたタイミングで、ヘルシンキ市図書館の当時の館長の号令で、市民に対して「どのような夢の図書館があったら良いか」を尋ねるリサーチプロジェクトをスタートしました。図書館職員たちはヘルシンキ市にゆかりのあるあらゆる人にとっての「夢の図書館」のアイデアを「夢の木」というイベントで徹底的に集めたそうです。翌年2012年には2300の「夢」が集まった。その集まった夢の言葉が、先ほどの螺旋階段に刻まれている。つまり、国の方針で一方的に作ったのではなく、どういう図書館が欲しいのか、夢の図書館ってどんなものなのかを市民に考えてもらって、それを徹底的に集めて、2300の夢から図書館の構想を始めた。そのプロセスをはっきりと残すために、螺旋階段に夢の言葉が書いてあるそうです。
作り方が非常に民主的な点もここの図書館の特徴だと思います。集まった2300の夢から、以下の最終的に8つに集約したそうです。
(1)静寂がありリラックスできる空間
(2)文化的かつ創造的な活動ができる空間
(3)情報技術とデジタル環境
(4)仕事をするための空間
(5)相互学習と共有のための空間
(6)充実したコレクションとコンテンツのある環境
(7)家族あるいは世代を超えた人々が一日中過ごし対話のできる空間
(8)すべての人に開かれた公的な(非商業的な)ミーティングプレイス
(吉田右子・小泉公乃・坂田ヘントネン亜希『フィンランド公共図書館 躍進の秘密』株式会社新評論. 2019)
これをもとに、これを実現する図書館ってどんなものなのか、と考えて作られたのがオーディです。
そもそも2016年にフィンランドの公共図書館法というのが改正されています。公共図書館法が定める公共図書館の役割が第6条にあります。
(1)資料、情報、文化コンテンツへのアクセスの提供
(2)多面的で継続的なコレクションの維持
(3)読書および文学の促進
(4)情報収集および利用、並びに多様なリテラシーに対する情報サービス、指導、支援の提供
(5)学習、趣味、仕事、市民活動のための空間提供
(6)社会的・文化的対話の醸成
つまり、フィンランドの公共図書館法では「本があって読める場所ですよ」っていう以外に、これだけの役割があるんだと。市民が自分たちで文化を醸成し、対話する。そういう場所としての役割があるということが公共図書館法に書いてあります。
日本にも公共図書館法があって、2000年ぐらいに改正されました。1950年にできた法律だそうです。これを見てみると、フィンランドのように明確な意図がよくわからない、なんというか、モヤっとした法律だなと思えるんですが、日本の法律、あるいはコンセプトや姿勢、方針と比べてみるのも面白いかなと思います。
後編は次のリンクから読むことができます。
オンライントークイベント 「本にかかわる人の本にかかわるはなし」 vol.3 / 松原亨さん(後編)- (hanamaki-city-library.jp)
ヘルシンキ・セントラル・ライブラリーOodiについて、詳細は公式ホームページをご覧ください。