図書館を知る
多くの方に興味を持っていただけるように、図書館を紹介します。
オンライントークイベント 「本にかかわる人の本にかかわるはなし」 vol.3 / 松原亨さん(後編)
岩手県花巻市の「新花巻図書館計画室」では、本にまつわる方々を招き、本のある空間や暮らしについて皆さんと一緒に考えていくため、全3回にわたってお送りするオンライントークイベントを開催しました。 令和3年11月26日に、株式会社マガジンハウス コロカル編集長の松原 亨さんをお招きし開催したイベントの様子を2回にわたって公開します。
この記事は後編です。前編は次のリンクから読むことができます。
オンライントークイベント 「本にかかわる人の本にかかわるはなし」 vol.3/ 松原亨さん(前編)
ヘルシンキと日本の図書館の違い
松原亨さん(以下、松原):ヘルシンキの図書館と日本との違いについて、面白いものをピックアップしました。
まずセルフサービス図書館がある。閉館後や休みの日でもカードと暗証番号さえあれば入館できるというものです。もちろん監視カメラはありますが、入って本を借りたり返したりできる。日本だとあまりないように思います。
あとはおしゃべりと飲食が自由。日本のカフェに近いんじゃないかと思います。そしてどこにでもコンセントがあって、Wi-Fiも完備で仕事がしやすい。また、メーカースペースを積極的に取り入れてものづくりができる設備になっている。
それから、これは面白いなと思ったんですけど、「フローティングコレクション」というシステムがあって、借りた本はヘルシンキ市内にある複数の図書館のどこに返却しても良いんです。レンタカーでいう乗り捨てみたいなものですね。つまり、図書館の本がその館のものではなくてヘルシンキ市全体のものなので、市内どこにおいてもいいと。
この考え方から、「フローティングオーガニゼーション」という考え方が生まれたそうです。本をどこから借りてどこに返してもいいように、図書館職員は個別の図書館に所属するのではなく、ヘルシンキ市の図書館全てに所属し、状況によって勤務する図書館が変わる、という。本も、人も、職員も、一つの館に所属するものではないという考え方です。
どうでしょう、高橋さん。ヘルシンキの図書館の特徴として挙げたようなところは日本にもあるんですかね。
高橋信一郎さん(以下、高橋):例えば図書館返却ボックスみたいなもので返却できる場所もあると思います。おしゃべり自由とか飲食自由とかは、どうしてもスペースを分けなきゃいけないところが日本はあるのかなと思います。カフェがあるような場所は増えてきているんですけど、やっぱりスペースは分けられているので、どこでもOKというのはあまりないのかなと思います。
3つ目のコンセントもそうですよね。スペースで分けて「ここだけ」っていう風に閉じ込めちゃう感じがあります。借りた本をどこでも返せるっていうのは、花巻市でも借りた本を市内のどこの図書館に返してもいいようになっています。それから北海道でセルフサービス図書館が出始めたというのは聞いていますね。ただ、一つだけ全く違うのは、職員が自由というのは全くないですね。
松原:そうですね、きっとないですよね。
高橋:大きく考え方が違うところもあるんだなという印象でした。
松原:ありがとうございます。
すべてに繋がるインターフェースとしての施設
さあ、そろそろ終わりが近づいていきたので今日のおさらいをしたいと思います。
まず一つ目、情報にアクセスするというのがライブラリーの役割だとすると、書籍だけでなくさまざまな情報にアクセスできるようにするべきだと。コンピューターゲームとかVRとかも含まれています。
二つ目は情報を受け取るだけでなく発信する場になっていなければいけない。それはものづくりであったり、歌やダンスであったり。
三つ目は、心地の良い空間であること。最高のスペースがデザインされている。これがオーディの素晴らしい点かなと思います。
そしてオーディが公式に出している動画の最後にこんな言葉が出てきます。「オーディ。それは、ただの図書館ではない。すべてにつながる、あなたのインターフェイスだ。」これがオーディのキャッチコピーだそうです。まさにそういう施設なのかなと思いました。
ここの図書館の職員にこのような質問をしたそうです。
「未来の図書館として、どのような青写真を描いている?」と尋ねると、職員たちはこう答えた。「自分たちも先のことはわからない。まだ完成していない。今も進化の途中だ。」と答えたそう。
つまり最先端のものを生み出す時に、「これが正解かもわからない」という、非常に正直な言葉。これは新しいことをやる人たちが常に思うことなんじゃないかなと思います。
そして、オーディのオープニングの時にさまざまな人から語られた言葉がピックアップされています。面白い部分だけ読んで終わりたいと思います。
まずはヘルシンキ市長の言葉から。
図書館サービスとは、人々への投資です。人材開発をすることにより、都市が知識、アイデア、文化を商品として世界と取引することで発展する次世代の社会に備えることができます。
(中略)
この図書館は資源を利用する権利と機会均等がすべての人に奨励される、より平等な社会における知識とその役割に対する集団的取り組みです
(Helsinki Marketing(2018).「Oodi (オーディ)は、世界で一番識字率の高い国で図書館の新時代を創り出します」. Cision News.<https://news.cision.com/global/helsinki-partners/r/oodi–____-_-___________________________,c2692767?msclkid=f3854f86aef311ecaa52ccdc41f3b855>)
翻訳されているので難しい言葉になっていますが、非常に平等を重んじています。北欧の国はその傾向があると思いますが、社会主義的で、とにかく誰でも情報に接することができる。それを集団的に実験しているというのがヘルシンキ市長の言葉でした。
そしてオーディの館長の言葉です。
Oodi は、図書館がどうあるべきかということを探る長く詳細なプロセスから生まれたプロジェクトです。議員、同僚、利用者と話し合いを重ね、集団的に答えを模索し、私たちの社会のすべての人々の需要を満たすために、人々の権利を尊重して民主的な意思決定をしてきました。
(Helsinki Marketing(2018). 前掲)
非常に華やかな施設に見えますが、民主的なプロセスを徹底的にやることで生まれたんだよ、ということを強調しています。
そして、建築を担当したALA Architectsの言葉。
Oodi は、図書館組織の中にある思考と行動の大規模な公開討論会と言えます
(Helsinki Marketing(2018). 前掲)
つまり、オーディという図書館自体が公開討論会なんだと。いろんな人の意見が施設に現れている、ということだと思います。まさしくそういう規模での取り組みが、世界に類を見ない面白い図書館を生んだんじゃないかなと思います。
ということで、今日のお話は終わりです。これを機に、自分たちにとってどんな図書館が夢の図書館なのか、図書館にはどういう機能があったらいいのかを自分で考える機会にできたらいいなと思いました。
私は世田谷区に住んでいて、町の小さな図書館で子どもの絵本を借りることもあって、毎週のように行っています。そういう町の図書館にどういう機能があったらいいのか。もちろん規模は違いますが、「本を読む」「借りる」だけの機能じゃなくて、どんな機能があったら図書館が町の機能として素敵なものになるか、ということを自分なりに考えてみたいと思います。皆さんも自分なりの夢の図書館、自分の町にどんな図書館があったらいいかを、オーディをきっかけにぜひ考えてみてください。
多様性のある空間が生む自由の心地良さ
高橋:ありがとうございました!すごく面白かったです。お話を聞いて、図書館は多機能でありいろんな人のための施設であるべきだなと思いました。本が中心なのはもちろんですが、オーディを見て思ったのは、これからは多機能であることが重要で、情報を得るのは本からだけじゃない、という考え方が必要だと思いました。今日お話しいただいたこと、すごく参考になりました。
ここからは質問をしたいと思います。居心地の良さについての価値観は多様だと思うんですが、例えば松原さんが「居心地のいい図書館って何?」と聞かれたら、なんと答えますか。
松原:うーん、そうですね。今高橋さんの背景になっているのもオーディだと思うんですけど、単純に見ていて「気持ち良さそうだなぁ」と思うんですよね。それは建築家の力でもあると思うんですけど、空間にある程度多様性があることが大事だと思います。多様性があると、自由が生まれる。椅子に座ってもいいし、床に座ってもいい。窓際だと光が入るし、もうちょっと奥だと眩し過ぎない、とか。空間に多様性があって自由に選択できるということが、居心地の良さに繋がると思います。
僕が『カーサブルータス』の編集長をやっている時に、居心地の良さが建築デザインの重要なファクターだなと思って特集をやったことがあります。
例えば住宅。よくある昔の考えかただと、リビングがあってキッチンがあって寝室が3つあってそれぞれ分かれていて。いわゆる戦後の住宅ですね。今でもマンションとかでリビング、ダイニングが寝室で3LDKみたいな形が多いんですけど、それって機能性としては便利だけど、居心地がいまいちよくないんじゃないかなぁと。今時の居心地の良い住環境って、いろんなものを分けずに一個の大空間の中で仕切る。そういう空間って自由があって、目的が決まった部屋にはない多様性がありますよね。自分が好きに使える空間があると、人は居心地がいいと感じるということがあると思います。家具がいいとか照明がいいとかそういうのももちろんありますが、本質的には空間の多様性とそこに生まれる自由が人を一番居心地良くさせるんじゃないかなと思います。
高橋:ありがとうございます。松原さんがいろんな建物をご覧になった上でのお話だったのですごく面白いです。行動や思考の余白が生まれる自由な空間ですね。
松原:そうですね。縁側とかもそうですけど、「どう使っていいか決まっていない」というか、そういう空間が人をリラックスさせるんじゃないかなと思います。
高橋:すごく勉強になりました。もうひとつお聞きしたいのですが、フィンランドの夢の図書館を作る時に20年もかかっているので大変だったと思うんですけど、そういう時ってデザイナーの方や建築家の方が集まって皆さんがチームになって進めるものなのでしょうか。
松原:オーディの建築はコンペで決められました。コンペは2種類あって、一つは指名コンペ。この人とこの人と……と選んで限られた人の中で行うものと、オープンで誰でもアイデアを出していいもの。オーディは500以上提案が集まったので、オープンだったんじゃないかと思うんですよね。その辺もフィンランドらしいというか、平等ですよね。広く開かれている感じ。
で、この案で行きます!と決まると、その人たちが作るわけですよね。そこが重要だと思っていて。特に建築のデザインとかそうなんですけど、みんなで作るとなんとなくモヤっとしたものにまとまりがちなので、この建物もかなり冒険しているはずです。
高橋:そうですね、冒険していますよね。
松原:例えば本がこれだけある空間で、全部ガラス張りで。絶対「本が焼ける」って話になったと思うんです。でも、もしかしたら「焼けてもいいじゃないか」という判断なのかなと。気持ちいい空間を作るんだったらそっちを選んでもいいじゃないかと。それってみんなで話していると「あれはダメ」「これはダメ」となっていってしまう。だからコンペで決まったらその人たちに任せるというか、決まったコンセプトで完成するところまで持っていくというか。その文化があるんだろうなと思います。
高橋:余白を持って作る方がフィンランドっぽいのかもしれませんね。
松原:それはそう思いますね。
高橋:僕自身、みんなの意見を取り入れたものを計画的にきちんとやらなきゃって思うんですけど、余白を作った計画の方がいいのかなって、松原さんのお話を聞いて思いました。
松原:結局、その建築家がどういう建物にするかコンセプトをちゃんと主張して、ちゃんと説得するんだと思うんですよね、あいまいにせずに。そもそもフィンランドにはそれを聞く素地があるんじゃないかとも思います。対話する、話し合って決める。ちゃんと説明する。コンセプトを曲げるのではなく理由を説明して通す。そういうプロセスでやっているのではないかと思いました。
高橋:なるほど……。今お話を聞いて、ちゃんと説明してご理解いただけるように進めなきゃいけないなと思いましたし、計画だけでなく皆さんの話を聴きながら余白をうまく作っていった方がいいんだろうなと思いました。
松原:あと、夢の図書館のプロジェクトですね。とにかくたくさん「何が欲しいですか?」とちゃんとみんなに聞くプロセスが説得力になるんだなと、オーディのつくり方を見て思いました。
高橋:意見やアイデアは無限に出てくるので、それをどう実現していくか。どうしてもできないことも出てくるので、なぜできないのかを説明しなきゃいけないと思います。
ありがとうございます。とても勉強になりました。お忙しい中ありがとうございました。
松原:こちらこそ、いい機会をいただいてありがとうございました。
高橋:11月11日から開催してきました「本にかかわる人の本にかかわる話」、いかがだったでしょうか。ゲストの方々にお話しいただいたことを全部できるとは僕も思っていないです。ただ話し合いの中で、自分の意見を通すだけではなくて、話し合いの中で未来の図書館をイメージしていけたらなと思います。今回のイベントが本を読むきっかけになってくれたらと思いますので、今後もこういう機会を作っていきたいと思います。全3回、お付き合いいただきありがとうございました。
ヘルシンキ・セントラル・ライブラリーOodiについて、詳細は公式サイトをご覧ください。