図書館を知る
多くの方に興味を持っていただけるように、図書館を紹介します。
オンライントークイベント 「本にかかわる人の本にかかわるはなし」 vol.2 / 幅 允孝さん(中編)
―多様化する本を読む場所 場所にあった本の選び方―
2021年11月18日(木)19:30-
岩手県花巻市の「新花巻図書館計画室」では、本にまつわる方々を招き、本のある空間や暮らしについて皆さんと一緒に考えていくため、全3回にわたってお送りするオンライントークイベントを開催しました。 令和3年11月18日に、有限会社BACH 代表・ブックディレクターの幅 允孝さんをお招きし開催したイベントの様子を3回にわたって公開します。
この記事は中編です。前編は次のリンクから読むことができます。
オンライントークイベント 「本にかかわる人の本にかかわるはなし」 vol.2 / 幅 允孝さん(前編)- (hanamaki-city-library.jp)
子どものための図書施設「こども本の森 中之島」
幅允孝さん(以下、幅):続いて、「こども本の森」のシリーズについてお話しいたします。
私は2020年に開館した「こども本の森 中之島」という子どものための図書施設で、クリエイティブディレクターをしております。仕事の内容は、図書施設のコンセプトを作り、選書をし、どういう本を並べるのか分類を考え配架をしました。また、屋内外の家具を選定するなど、図書館というコンテンツ全体をつくる、あらゆることを行いました。
公共図書館において、アートディレクターを入れて作り上げるプロジェクトは、私が知る限りありませんでした。しかし、ここは利益を出さねばならない施設であり、グッズの販売も行うので、それぞれの統括者が必要なんですね。物販コーナーには、マーチャンダイザー(商品の開発から販売戦略までを担う人)もいます。
組織としては、プロポーザル(企画・提案)は私たちBACHと株式会社図書館流通センター(TRC)、株式会社長谷工コミュニティの3社共同で、指定管理者として準備から運営に関わっています。
私たちがコンテンツをつくり、TRCさんが日々の運営を担い、長谷工さんが管理や警備をやっていく、という仕事の分け方です。
そもそもこども本の森とは、安藤忠雄さんという建築家が子どものための図書施設を作りたいという長年の思いがこもった施設なのです。
安藤さんは、専門的な建築の教育を受けず、独学で学びを深めてきた建築家です。「本が自分を助けてくれたから、今の自分がある」とずっとおっしゃっていました。大阪市に対して、「子どものための図書施設をつくろう」と投げかけていたんです。しかし、そんな大プロジェクトは、なかなか実現しません。そうしたら安藤さんが、寄付を募り、ご自身の印税等を投入し、建物さえも安藤忠雄さんが作り、それを大阪市に寄贈して実現したプロジェクトです。
中之島の中央公会堂のすぐ横、東洋陶磁美術館の真横にあります。大きな特徴は、壁面全体を覆うような本。手に取れないところまで本があるのは、安藤さんの「子どもには本に包まれていてほしい」という建築の意図があるからです。この思いと、建築の意図を最大限汲み取りながら図書館を作っていきました。
手が届かない4段目より上に置いている本は複本、つまり飾りの本なのです。本を2冊用意し、「壁面上部にある本はこちらから手にとっていただけます」というサインを作って、それと同じ本が真下で読めるようにしました。最近本がインテリア小物のように扱われており、手に取れないものもありますが、私は、全ての本は読まれる状態にしておく必要があるんじゃないかなと思います。
ここは大階段が象徴的です。階段に座って本を読む子もたくさんいるんです。階段のちょっと暗くなっているスペースに入り込むのが好きな子も多いですよ。そこには恐竜の本が置いてあるんですが、「洞窟めいたところで読む本はどんなのがいいか」を考えて配架しました。
とはいえ今、コロナ禍でweb予約制になっており、90分しか滞在できません。読み続けたい本は、中之島公園内だったら持ち出しOKというサービスも行っています。
本と向き合い思考を巡らせるための工夫
さて、先ほどのアーカイブの話ですが、ここは12のテーマで分類しました。
昔からあるNDCという分類をベースにしつつ、オリジナルのテーマを作って本を配していきました。
導線も重視し、入り口から入ってすぐのテーマは、「自然とあそぼう」にしました。なるべく図書施設と外との境界を曖昧にしたかったんです。図書館は静かにして背筋伸ばさなくてはいけないとか、お菓子を食べちゃダメとか、そういう雰囲気がありますよね。でも、ここはなるべくスーッと自然体で子どもたちが入って来られるような場所にしたかった。
堂島川という川がすぐ近くにあるので、川を眺めながらかこさとしさん作の『かわ』を読んだりとか、どんぐりや桜などの本を木々に囲まれながら読んだりとか、そういうものを集めました。
次は「体を動かす」というテーマに続きます。スポーツヒーロー・ヒロインの本とか、ルールブック、技術書などがあります。ここで意識したのは、本に興味がない子たちにどういう風に興味を持ってもらうか。「本には興味がないけれど、サッカーの新しい技を覚えたい」とか、「ダンスの振り付けを考えたい」とか、そういう子がスーッと入ってこられるようにしたのです。
本が好きな子どもだけが喜べる場所ではなく、普段本から離れている子どもたちにも、開いている場所が必要だと常に思っています。
ですから、入ってすぐに「自然とあそぼう」、「体を動かす」、「動物が好きな人へ」と続いていき、本の好き・嫌いに関わらず、入って来たくなる誘引力を作ろうとしたのです。
2階には「まいにち」という大テーマがあり、学校や家族のことに関する本を置いています。次に「食べる」コーナー、郷土の本を含めた「大阪→日本→世界」と世界が広がっていくコーナーがあります。
「きれいなもの」というコーナーも面白いです。海外の彫刻やアート、ファッションや詩、幾何学など、あらゆるものを「きれいなもの」として、2階のきれいな自然光が入って川がよく見えるところに配架しています。
地下1階に行くと、「ものがたりと言葉」、「未来はどうなる?」、「将来について考える」、「生きること/死ぬこと」と続きます。つまり、図書館の入り口は柔らかく、自然やスポーツ、動物などのテーマにして、奥に行けば行くほど、本の読み手と書き手が一対一で向かい合うような状況をつくりました。
本を読むというのは、一人ではないとできないことなんですよね。テキストを読み、見知らぬ誰かの感情に自分の心を重ねたり、誰かが書いたアイデアや精神の受け渡しがあったり。今、世の中のエンターテインメントは「シェア」(共有すること)がベースになっています。動画でもゲームでも友達同士で簡単に「共有」できてしまうんですね。しかし、本はそれとは真逆で、基本的に一人で行うものです。
その孤独に陥らざるを得ない体験は、その時はさみしく思っても、今後は豊かなことにつながっていくんです。孤独な状態で、自分のことを自分で考え、自分と書き手と対峙させる。思いを巡らせたり考えたりといった深く潜っていく行為は、本だからこそできるんじゃないかと思っています。
思わず読んでみたくなる「言葉の彫刻」
ここの特徴は、「サイン計画を新しい目線で」を徹底したこともあります。つまり、「本の差し出し方に気をつけている」ということです。
良い本を集めても、それらをただ並べただけなら、誰も手にとってくれません。私たちは、本の差し出し方を、相手のことを考えながら、とても丁寧に行っています。
私たちは「アフォリズム」(本の要点の抜き書き)を抽出して、掲示します。これを「言葉の彫刻」と呼んでいるんですね。
例えば「動物が好きな人へ」のコーナーには「ぼくが、めになろう」というアフォリズムが掲示されています。これは名作絵本『スイミー』からの引用なのですが、この一文だけを読むと、「これ、なんだろう?」と思いますよね。
「ひどい目にあったぞ。あのロボットは毎日のように、故障したり狂ったりした」という一文が掲示されていたら気になりませんか? これは星新一さんのショートショート『きまぐれロボット』の一節。ここでは、アフォリズムをさまざまな場所に配置し、興味喚起を図っています。
なぜアフォリズムを引用するかというと、本を手に取って読んでもらうことが難しいからです。本は「手に取って」「読む」という2つのアクションがあって、世界が開くメディアです。ただ、置いてあるだけなら、前を通り過ぎてしまいますが、本の中の一部が垣間見えると、立ち止まってもらえます。
このアフォリズムも最新の注意を払って、行っています。なぜなら、受け取り方によって本の印象が変わってしまいますから。
これは「生きること/死ぬこと」のコーナー。円柱型の棚に生まれるから始まり、さまざまな人生を生き、最後は死ぬことについての本があります。この本棚は、輪廻をイメージしています。ここのアフォリズムは「おれは、100万回もしんだんだぜ!」。佐野洋子さんの絵本『100万回生きたねこ』から引用しています。
建築との対話から生まれた何も置かない空間
言葉の彫刻(アフォリズム)以外にも、現在の子どもたちに親和性の高いメディアである映像を使って、「こんな本がこの館の中にあるよ」と紹介しています。
建築家の安藤さんは、明確な用途がない高さ12メートルの円柱状の場所をつくったんです。上からトップライトが落ちているだけの空間です。ここをどういう場所にするのかを考えました。
安藤建築について調べると、コンクリートの建物に、神聖さを感じることが特徴です。そこで私たちは、その何もない空間にモノを置くと、その神聖さを削いでしまうのではないかと危惧しました。
そこで映像を投影したのです。情報要素が多い動画ではなく、あえて影絵を使ったシンプルなものにしました。「この本は何階のここにありますよ」という絵本への案内につなげていきました。
ここに椅子を置くと、シアター機能を持ってしまうので、何も置いていません。
円筒状の空間で紹介されている影絵を使ったアニメーションです。『とりがいるよ』という絵本は、もともと色がついているんですけど、影絵にしました。これを見ると、読みたくなる仕掛けになっています。ここには、『魔女の宅急便』のキキも登場します。かなり上まで登っていくのですが、これはプロジェクターの光を鏡で反射させています。
プログラムは、配架との連動性を持たせています。この映像は1時間に3回流れます。これを見た子は「わぁー!」と喜び、その本を取りに行ったりしています。見ていない子も、「これ面白いね」と声を出して響きを楽しんだりしています。
独立して運営する仕組みとデザイン
他にも実験的要素がたくさん盛り込まれています。この施設は寄付によって成り立っており、入場料はありません。ブランディングと言うと語弊がありますが、ロゴをしっかりつくり、存在意義を明確にし、その価値を多くの人に知ってもらうようにしています。
施設の名前は大阪市が決めました。アイコンをロゴに加えるのは必須という条件でデザイナーにお願いしました。名称が長いですから、マークを見るだけで分かるようにしたかったんです。アイコンをシンプルにして、グッズ開発も見据えてデザインを決めて行ったのです。
また、大阪の企業の協賛を得ることも重視しました。入り口の巨大な青りんごのオブジェにちなみ、大阪の企業・パイン株式会社(「パインアメ」で知られる企業)とコラボレーションをして、「青リンゴアメ」を作りました。これはコロナ禍の中でも、本当によく売れました。「飴ちゃん文化」がある大阪のおかげですね。
1905年に大阪で創業したコクヨ株式会社と作った「測量野帳」、株式会社サクラクレパスとオリジナルパッケージのクーピーペンシルも作りました。子どもたちとそのお父さんお母さんが使いやすいもの、そして飽きないデザインの商品を開発し、販売しています。
収益がある事業として、地元の企業と協力体制を取って、運営しています。
現場で生まれる細やかでユニークな分類たち
次は、こども本の森ができるまでのプロセスを紹介します。ブックディレクターの基本である、力仕事について紹介していきます。
ここでは1万8千冊の本を5週間かけて配架していきました。先ほど「差し出し方が重要」と言いましたが、その中でも配架、どの本をどんなところに置くのかがとても重要だと思っています。
例えば「動物が好きな人へ」の大テーマで、哺乳類→鯨の本・ジュゴンの本・イルカの本などと細分化して配架しています。絵本は背表紙が細いですから、何百冊も置いてあっても、どの本を手に取っていいのかわからない。
そういうときに、インデックスを用いた配架をして、本を差し出しています。
配架は、現場で作り上げていきます。
これは「まいにち」のコーナーです。ここには、家族についての本が集まっています。例えば、お父さんを描いた絵本を集めても、無数にありますから、子どもはどれを選んでいいかわからなくなるんです。
ですから、お父さんとの「距離」に関する本はここ。お父さん「早く帰ってきてね」の本はここ、お父さんの「仕事」についての本はここと、現場で中身をパラパラ見ながら分類し、インデックス化していきます。ここは1万8500冊の本が配架されているんですけど、950くらいのインデックスを現場で作って細かく分類していきました。コンセプトは立てつつ、最後はやっぱり丁寧に一冊一冊とちゃんと差し出して対話しながら本をそこに置いていきます。
ここで選書をするときに、私はある隠れテーマを考えました。それは「子どもを子ども扱いしない」です。
そのヒントをくれたのが、画家・アンリ マティス(Henri Matisse)の『Jazz』という本です。これは切り絵の作品集です。
マティスは晩年、絵筆で描いた輪郭が気に入らず、Jazz的な即興で切り絵を始めます。それを集めたのがこの作品集。かなり大きな本で、ページをめくるたびに、鮮やかな色の連なりがある本なのですが、このページにワーッと赤い線が描かれています。
これ、私の息子が、幼い頃に落書きをした跡なんですね。
彼は、赤という色を覚えたときに、この本を指さして「あ、赤!」と言うんです。そのうちに、赤じゃないものまで指を差し始めて。最後には、自分のクレヨンを持ってきてわーっと塗り始めたんです。マティスに同化したいと思ったんでしょうか?
なかなか高価な本なので、落書きをされたときはかなり驚きましたし、ショックもありましたので、複雑な表情で「うーん、ナイス塗り絵」としか言えませんでしたけれど(笑)。
私という大人の目線から見ると、『jazz』という画集は、偉大な画家の晩年の作品集で、高価な本です。
しかし、息子(子ども)にとっては、鮮烈な色のつながりで、心が動いたから、思わず落書きをしてしまった。学校でマティスの偉大さを学び、本の値段を知っていれば、そんなことはできないんですよね。
つまり、子どもが純粋にものを見られる時間って、非常に短い。だとしたらその期間にいろんな世界の本物を見せてあげることが必要なんじゃないかなと感じたのです。
ですから、こども本の森には、子どもが見て何か感化されたり心が動いたりするような、心躍るようなアートブック、ビジュアルブックなどを置いています。
あとは女の子はオシャレについて興味を持つ子がとても多い。ですから、ファッションの本も置いています。また写真家でありアーティストのティム ウォーカー(Tim Walker) の作品集『Story Teller』もあります。これは、寓話に基づいた作品が多く、「あ、これはみにくいアヒルの子かな」とかイメージするのも楽しいと思いました。
また特撮作品で知られる円谷プロが全力で作った「ウルトラQ」から「ウルトラマンゼロ」までの全怪獣がカラーで紹介されている『円谷プロ全怪獣図鑑』もあります。力のある本は、子どもの眠れる力を呼び覚ますのでしょうか、この図鑑のすべてを覚える子もいるんですよ。定価5000円以上の本なので、なかなか個人所有するにはハードルが高い。図書館だからこそ置いてみました。
もうひとつ力を入れたのは、幼年童話です。絵本は意外と読まれていますが、その次の児童文学に進める子はとても少ないんです。
絵本は、お父さんお母さんや先生、もっと言えばYouTubeとかでも読み聞かせをしてくれます。つまり自分が待っていたら物語はやってくる受動的な読み物なんですね。
その一方で、児童文学は自分で読まないとその世界には入れないという、能動的な存在です。受動の絵本に慣れていると、能動的な児童文学が、ちょっと億劫になってしまい、なかなかその世界にはいけないんです。その架け橋となるのが「幼年童話」だと思っており、ここに力を入れました。
幼年童話は、文章と絵の配分が絶妙なんですね。
例えば角野栄子さんの『スパゲッティがたべたいよう』という作品は、文字も大きく、自分で読むように設計されています。スパゲッテイというカタカタにまで、ひらがなでルビが振ってあるんですよ。ひらがなだけ覚えた子も、自力で読み進められるように工夫してあります。挿絵もピンポイントに入っており、物語を読むことをサポートしてくれるんです。
そのようにして、自分で読んで行くと、最初は難しくとも、ある時頭の中でパッとビジョンが浮かぶんですね。それは、映像よりも鮮やかに思い浮かび、児童文学、小説と世界を広げて行けるのです。
そういう経験を幼い頃にしておくと、本を読むということに対する持久力とか耐性が変わってくると思うんです。
後編は次のリンクから読むことができます。
オンライントークイベント 「本にかかわる人の本にかかわるはなし」 vol.2 / 幅 允孝さん(後編)- (hanamaki-city-library.jp)